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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)6735号 判決 1977年5月30日

原告 松原小一郎

被告 株式会社金陽社

主文

一  被告は原告に対し、昭和四八年一月一日以降、被告が原告に対し別紙物件目録(一)記載の土地を明渡すまで、一か月九六五二円の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、別紙物件目録(一)記載の土地内の同目録(二)記載の各物件を撤去するとともに同目録(二)七記載のコンクリート製土間撤去跡に覆土したうえ、右土地を明渡し、かつ、金一三八万八〇四〇円及び昭和五〇年一月一日以降右明渡済み

に至るまで一か月一〇万〇八三〇円の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、別紙物件目録(一)記載の土地(以下、本件土地という。)の所有者であるが、昭和二八年三月二七日、被告に右土地を次の約定で賃貸した。

(一) 賃料 月額一一四〇円

(二) 期間 昭和四七年一二月未日まで

(三) 賃料支払方法 毎月末日限りその月の分を原告方に持参して支払う。

2  被告は、本件土地内に別紙物件目録(二)記載の各物件を設置・所有して、本件土地を占有している。

3  本件土地の賃料相当額は、仮に本件土地賃貸借に地代家賃統制令の適用があるとして「地代家賃統制令による地代並びに家賃の停止統制額又は認可統制額に代るべき額等(昭和二七年一二月四日建設省告示第一四一八号)」に基づいて算定した額(本件土地の固定資産税課税標準額等については別表参照)の二倍を相当とすべきである。したがつて、次のようになる。

昭和四八年以降年額 五六万五〇二八円

同 四九年以降同 八二万三〇一二円

同 五〇年以降月額 一〇万〇八三〇円

4  よつて、原告は被告に対し、本件土地所有者として、昭和四七年一二月末日の経過とともに本件土地賃貸借契約が期間満了により終了したことに基づき、次の請求をする。

(一) 本件土地内の別紙物件目録(二)記載の各物件を撤去するとともに同目録(二)七記載のコンクリート土間撤去跡に覆土して原状に回復したうえ、本件土地を明渡すこと、

(二) 昭和四八、四九年中の賃料相当損害金計一三八万八〇四〇円及び昭和五〇年一月一日以降右明渡済みに至るまで一か月一〇万〇八三〇円の割合による前同損害金を支払うこと。

二  請求原因に対する認否

1  請求の原因1(ただし、期間の点を除く。)、2の事実は認める。

2  同3、4の事実は争う。

三  抗弁

1  本件土地賃貸借契約には、期間満了時には当然に更新する旨の約定があつた。

2  原告の本訴請求は、以下の事情から、権利の濫用であつて許されない。すなわち

(一) 原告は、本件土地の外にも多くの貸地を有し、賃料収入を得ている地主であつて、本件土地の明渡を求める特別の理由と必要性がない。

(二) それに対して、被告は本件土地をその工場敷地の一部として、前記のような諸設備を設置するとともに、製品等の置場として使用しているものであつて、現在、本件土地を明渡せば莫大な出費を余儀なくされるものであり、とりわけ冷却水用深井戸施設は、被告の営む印刷用機械の製造業にとつて不可欠であるのに、近年地下水の汲み上げに対する公的な規制が厳しくなつたため、代替施設を近隣の被告所有地内等に設けることは不可能ないし著しく困難である。

(三) 本件土地は国鉄線と道路一つを隔てて隣り合つており、近くに被告の工場がある等の関係上、宅地には適せず、結局、被告の使用しているような各種の物置場等として用いるほかはなく、その意味で現在の使用状況が最有効使用と言うべきである。

(四) 原告は、被告が本件土地に前記のような諸設備を設ける際に明示又は黙示の承諾を与えており、被告が本件土地を長期間にわたつて使用することを暗に認めるような態度であつた。

(五) 被告は従前から本件土地の賃料を、遅滞することなく支払つて来ており、昭和四八年以降も履行の提供をしているし、相当な価格で本件土地を買取るか又は借受ける用意がある旨甲し入れている。また、原告もかつて数回にわたつて本件土地の買取を申し込んで来たことがある。

四  抗弁に対する認否及び原告の主張

1  抗弁事実1は否認する。

2  同2は争う。すなわち(以下、番号は被告の抗弁2における同番号の主張に対応する。)、

(一) 原告が他にも多くの貸地を有していることは認める。しかしながら、本件賃貸借は借地法にいわゆる建物所有を目的とするものではないから、契約の更新を拒絶するのに、何ら「特別の理由と必要性」を要するものではない。

(二) 被告が本件土地内に設置している諸設備を移設するのに多大の出費を要するとしても、それは被告側の一方的な事情で原告の関知するところではないし、地下水汲み上げに対する公的な規制が強くなつたのは昭和五〇年ころからのことで、契約更新請求をすべき時期よりも後に生じたことであるから、権利濫用の主張の一要素とすること自体失当である。

(三) 争う。

(四) 被告主張のような承諾を与えた事実は否認する。

(五) 原告がかつて被告に対し本件土地の買取を求めたことがあるとの事実は否認する。被告は、原告がかつて相当な範囲での賃料増額を申し入れても容易に応じようとせず、そのたびに紛争を生じさせる有様だつた。したがつて、原告は、今さら本件土地を被告に売渡したり賃貸したりするつもりは全くない。

第三証拠<省略>

理由

一  請求の原因1(期間の点は除く。)、2の各事実については当事者間に争いがない。

原告本人尋問の結果及び成立について争いのない甲第一号証によれば、本件土地賃貸借契約の期間は昭和二八年一月一日から昭和四七年一二月末日までの二〇年間であつて、甲第一号証に至昭和四八年一月一日とあるのは期間計算の誤りによる誤記であることが認められる。

二  抗弁事実1については、右事実を認めるに足りる証拠はない。

三  そこで被告主張の権利濫用の点について検討する。

1  具体的な事実関係について

(一)  原告が本件土地の外にも多くの貸地を有する地主であることは当事者間に争いがない。又、原告本人尋問の結果によれば、原告は本件土地の明渡を受けた後、これをどのような用途に使用するのかという具体的な計画をまだ有していないことが認められる。

(二)  被告が本件土地内に別紙物件目録(二)記載のような諸設備を設置してこれを所有していることは当事者間に争いがない。また、いずれも成立について争いのない、乙第一、第二号証、同第三号証の一ないし八、同第四、第一六及び第一九号証並びに証人高橋三夫、同木村彰男及び同桜井弘の各証言並びに検証の結果を総合すると、本件土地は幅約四メートルの道路一つ隔てて国鉄線と隣り合つており、被告は、本件土地をその一部とする敷地内に、事務所及び工場を所有して印刷用機械等の製造業を営んでいること、右のような立地条件からいつて、本件土地は一般の住宅用敷地などとしてははなはだ不適当であること、被告は本件土地を製品置場や深井戸設置場所等として使用しており、本件土地を明渡すことになれば、製品置場の代替地及び深井戸施設、都水道本管を移設する土地を他に求めなければならないが、それは容易ではなく、とりわけ深井戸施設については、昭和五〇年ころから地下水汲み上げに対する公的規制が強化されたため移設するのが著しく困難であり、いずれにせよ概算で六〇〇〇万円を越える巨額の出費を余儀なくされること、以上の各事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(三)  前掲乙一九号証並びに証人高橋三夫、同木村彰男及び同桜井弘の各証言並びに原告本人尋問の結果(ただし、後記措信しない部分を除く。)によれば、被告は昭和三四年ころ本件土地内に深井戸施設を設けて工業用の地下水を汲み上げることを計画し、被告の従業員桜井弘が原告方におもむいてその旨を告げて了承を求めたところ、原告は特にこれに対して異議を述べず、その後も契約期間が満了するまで異議を述べなかつたこと、昭和四〇年ごろ本件土地と公道との境界に作られていた板塀が壊れたので、右桜井が原告に申し入れて、原、被告連名で東京都に境界査定を申請したうえ、原告も立会つて境界を確定し、被告が万年塀を建造したこと、原告は本件土地を賃貸した後、何度か本件土地を相当額で買取るよう被告に申し入れたことがあつたが、結局、値段の点でおり合いがつかなかつたこと、原、被告間で賃料増額をめぐつて対立し、被告が提供した賃料を原告が受領するのを拒み、被告が供託したこともあつたこと、以上の各事実が認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果は措信できず、他に右認定を覆するに足りる証拠はない。

2  法律上の判断

(一)  本件土地賃貸借契約は、建物所有を目的とするものではない(被告自身、そのような主張をしていない。)ので、借地法が適用されないことが明らかであるし、また、既に判示したように、当然更新される旨の約定のあつた事実を認めるに足りる証拠もないのであるから、原告主張のように、本件土地賃貸借契約は期間満了によつて終了したと認めるほかはない。そうすると本来であれば、原告はその明渡を被告に対し請求できる筋合である。

(二)  しかしながら、たとい借地法の適用がない場合であつても、経済的には建物に勝るとも劣らないような工作物ないしそれに準ずる設備の所有を目的とする土地賃貸借にあつては、借地法の趣旨を類推することが相当である場合もあると解される。なぜならば、人口の集中した都市に於ては、利用できる土地が極めて限られているにもかかわらず、高度の経済活動の発展によつて土地の需要が一層高まつているから、その有効・適切な利用が強く要請されるのであり、この様な全体としての効率的土地利用の見地から、土地所有者の権利が或程度制限されることもありうるのであつて、それは、独り建物所有を目的とする土地賃貸借に限られるものではないからである。もちろん、前記のような土地賃貸借といつても、実態は個々の事案によつて千差万別であるから、それぞれの事案に即して十分な検討を経た後でなければ、軽々に借地法の趣旨の類推をうんぬんすべきでないことは言うまでもない。

(三)  これを本件についてみる。既に判示したところを整理してみると次のようになる。

(1)  被告が本件土地を使用する必要性は相当大きいものがあるに反し原告は使用の必要性が全くない。

(2)  被告が、前記のような恒久的諸施設を設置する際、本件土地を期間満了後も継続使用することを原告が承諾してくれるであろうと期待するについて、無理からぬ行為が原告の方にあつた。すなわち、深井戸の設備や万年塀の建造を知りながら、原告は特に異議を述べなかつた。

(3)  被告は、従前から賃料の支払を遅滞したような事実は認められない(賃料増額をめぐつて協議がまとまらず、被告が賃料供託の挙に出たことがあつた事実は認められるが、増額巾について不服があれば異議を述べること、供託をすること等はいわば借主として法律上当然認められ、かつとりうる手段であつて、これらの手段をとつたからといつて、被告が背信的であるということはできない。)。また、本訴係属後も、相当な価格による本件土地の買受ないし相当な賃料増額による賃借を申し出ているにもかかわらず、原告は全くこれに応じようとせず、その拒否の理由は、単に原告が本件土地の所有者であつて、いかようにも右土地を処分する自由があるからというにつきる。

(四)  右のような事情によつて本件を考えると、土地利用者の権利保護を重視した借地法及び私権の濫用を禁止した民法の趣旨からみて、原告が被告に対し、契約期間の満了を理由に本件土地の明渡を求めることは、権利の濫用であつて許されないものと言わなければならない。

四  つぎに金員請求について判断するに、原告の本訴請求のうち、昭和四八年一月一日以降の賃料相当損害金の支払を求める部分は、理由があるが、原告主張の相当賃料額の算定方法は、はなはだ当を得ないものである(右主張の建設省告示は、地代家賃統制令の適用がある賃貸借に於て、徴収することのできる賃料の最高限度額を定めたものに過ぎず、借地法の適用さえない本件土地賃貸借の賃料算定について基準とすることのできないこと明らかである。)。ところが、原告は、他に損害金の相当額について立証する意思がないと言うのであるから、本件土地の賃料相当額は、当事者双方の最終的な合意があつた額、すなわち契約期間満了の時点における額である月額九六五二円(原告本人尋問の結果によつて成立を認める甲第一〇号証の二によつて認められる。)と認定するほかはないのである。

五  以上の次第で、原告の本訴請求は、昭和四八年一月一日以降、被告が原告に対し本件土地を明渡すまで、一か月九六五二円の割合による賃料相当損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条但書を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中島一郎 中込秀樹 西尾進)

(別紙)物件目録(一)

東京都品川区大崎一丁目三三〇番一号

一 宅地 二五一・三〇平方メートル

(別紙)物件目録(二)

一 別紙図面<7><1><9>を順次直線で結んだ線上にある金網塀(長さ六・八五メートル、高さ一・八〇メートル)

二 同図面<9><2><3><4>を順次直線で結んだ線上にある万年塀(長さ二九・九〇メートル、高さ一・八〇メートル)

三 同図面<4><5>を直線で結んだ線上にある大谷石塀(長さ三メートル、高さ一・八〇メートル)

四 冷却水用深井戸施設(冷却水地下貯水槽接続管を含む。)

五 都水道本管(水道メーター施設を含む。)

六 一六本の樹木

七 同図面<6><7><8><9><10><11><12><6>を順次直線で結んだ内部に存在するコンクリート製土間

(別紙)図面<省略>

(別表)本件土地の税額等<省略>

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